あなたを見ていると……
あなたを見ていると……


 おそらく最初にそれを言い出したのはジョニーだったはずである。
『チームワークに関して、ミーティングでもしてみないか?』
 ダンクーガのパイロットとなってそれなりの日数が経つが、田中から4人の連携の甘さを度々指摘される為、いつの間にかそんな話になっていた。
 自分としては連携が取れてないのは仕方ない事だと思うし、それを求められるのは間違っている。
 何故ならチームとして訓練を受けたワケではないのだから、などとくららは考えていた。
 だからミーティングの話など上の空で、集合時間を聞いていなかったのは止むを得ない事と言えるのではないか?
 そんな事を考えながら、くららはドラゴンズ・ハイブの廊下を歩いていた。

(せっかく銃の手入れを始めた所だったのに……)
 ちょうど愛銃を分解して、さあ手入れを始めようという時に連絡が入ったのであった。
『ちょっと、くらら何してるの? ミーティングの時間はとっくに過ぎてるわよ!』
 携帯から葵の怒声が炸裂した。
「え? そうだったっけ? ご、ごめんなさい」
 くららは両手で携帯を持ち、そこには誰もいないのに、つい頭を下げてしまう。
『もう、しっかりしてよねぇ。ブリーフィングルームにいるから、早く来てよ。アタシとジョニーは30分も前から待ってるんだから!』
「あら、朔哉くんは?」
『朔哉もまだ。さっきから連絡してるけど、携帯が全然繋がらないのよ。たぶん部屋で寝てると思うから、ついでに起こしてきてよ。
ミーティングの時間忘れてた罰ゲームよ』
 そう軽快に言うと、葵は携帯を切ってしまった。
 なぜ自分が朔哉を起こしに行かないとならないのか、やや納得はいかないものの、約束の時間を聞いていなかったのは自分のミスである。
(あーあ、面倒だなぁ……)
 くららは大きく溜息をつくと、手早く銃を組み立てて朔哉の部屋へ向かった。

 朔哉の部屋の前につくと、くららはやや乱雑にドアベルのボタンを押した。そのまましばらく待ってみたが反応は無かった。
 もう一度ドアベルを鳴らしてみる。やはり反応は無かった。
「朔哉くん、いるの?」
 扉をドンドンと叩くがやはり反応は返ってこなかった。
「何かあったのかしら……」
 一瞬、くららの顔に不安の影が過ぎった。もしかしたら、急な病気か何かで動けないのかもしれないという考えが脳裏に浮かぶ。
「ちょっと、朔哉くん!?」
 くららはドンドンとノックしながら、扉が開くか試みてみた。
 扉は何の抵抗も無く開いた。どうやら鍵はかかっていなかったようである。
 扉が開くと同時に、地鳴りのようなイビキが聞こえてきた。くららは一気に脱力する。
 どうやら朔哉は単に寝ているだけのようであった。
 呆れたように部屋へ入ったくららは、思わず目の前の光景に絶句した。
(本っ当にダンボールハウスしかないんだ……)
 くららは殺風景な部屋の中にポツンと置かれたダンボールハウスを無言で見つめた。
 話には聞いていたが、実際に目にして見ると何とも言えない気分になる。
 いくら各人の部屋を忠実に再現しており、朔哉がホームレスだったにしても、さすがにこれはあんまりではないだろうか。
 自分の部屋もかつて葵から『倉庫みたいだ』と言われたものだが、この部屋は倉庫以下である。
(よくこんな部屋で満足してるわね……)
 くららはその場でしゃがみ、ダンボールハウスの中を覗き込んだ。
 はたして、そこには頭を奥にして、幸せそうに眠っている朔哉の姿があった。
「朔哉くん、起きて。朔哉くん!」
 声をかけるが、まったく目を覚ます様子がない。
「朔哉くん!!」
 大声を出すが反応は無し。くららはその鈍さに呆れそうになったが、よく見れば朔哉はヘッドフォンをしているようであった。
 どうやら音楽を聴きながら寝ているようである。
「もう、仕方ないなぁ」
 くららは朔哉の足に手をかけ、体を揺すろうとした。
 その時である。
「…………くらら」
「え?」
 不意に名前を呼ばれ、くららは驚いてダンボールハウスの奥を見つめる。
「くらら……すき……だ…………」
「ええっ!?」
 くららは自分の耳を疑った。ハッキリとは聞き取れなかったが、今『好きだ』と言われた気がした。
「さ、朔哉くん!?」
 くららは狼狽しながら朔哉を見つめる。どうやら眠っている事には間違いなく、寝言を言っていうるようだった。
「くらら…………」
 もう一度名前を呼ばれ、くららは顔を真っ赤にして耳を澄ませた。
(き、聞き間違いよね。朔哉くんが私の事『好きだ』なんて言うはずが……)
「オレの……くらら…………いく……ぜ」
(『オレのくらら』!? な、な、何を――)
 やはり明瞭には聞き取れないが、くららの耳に入ってくる言葉は『愛の告白』に聞こえない事もない。
(や、やっぱり朔哉くん、私の事…………)
 くららは高鳴る胸の鼓動を抑えようと努力しながら朔哉を見つめた。
 今までまじまじと顔を見る機会は無かったが、こうして改めて見るとなかなかに整った顔立ちをしている事に気付く。
(ま、まあ結構カッコイイ顔はしてるわよね。割と好みのタイプかも…………て、な、何を考えてるのよ!?)
 くららはブンブンと頭を振って、雑念を払おうとした。
「危ねぇっ!!」
 突然の朔哉の叫びに、くららはビクリと身を竦ませ、おそるおそるダンボールハウスの中を見つめた。
 先刻までイビキをかくほどリラックスして寝ていた朔哉が、一転して難しい顔でうなされていた。
「ダメ……だ、くらら……危ねぇ…………」
 眉間に皺を寄せ、苦しそうにしている朔哉に、くららは胸が痛むのを感じた。
(一体、どんな夢見てるのよ……)
 くららは切なそうに朔哉の寝顔を見つめる。
 寝言から察するに、どうも夢の中の自分は何らかの危険に見舞われているのではないかと推察した(実際にはどんな夢なのか分かったものではないのだが)
(『愛の告白』をしたと思ったら、今度は危険な目にあってるって、メチャクチャね……)
 くららは少しほほ笑むと、四つん這いの姿勢でそっとダンボールハウスの中へ入っていった。
 後から考えると、なぜそんな事をしたのか理解に苦しむのだが、この時のくららは朔哉の事が愛おしくて、ただ、彼の温もりを感じたかった。
 狭いダンボールハウスの中で、くららは眠る朔哉と向かい合う。
 元々の天井が低い為、二人の距離はわずかな物であった。
「朔哉くん…………」
 くららはそっと朔哉の髪を撫で、慈しむように見つめた。
 そして、ゆっくりと唇を近付けてゆく。
 二人の唇が重なり合おうとする直前、再び朔哉の寝言がくららの耳に飛び込んできた。
「どうだ、オレが戦った方が強ぇだろ?」
「へ?」
 虚を突かれたくららはハッと我に返り、朔哉から顔を離す。
 朔哉の寝顔が、いつの間にやら得意げな笑顔に変わっていた。
「いいか〜、くらら。今度からオマエが軸足だからな〜」
 寝言でそう言いながら愉快そうに笑う朔哉に、くららのときめきは一瞬で冷めた。
 おそらく、最初から朔哉はダンクーガに乗って戦っている夢を見ているのであろう。
 部分部分が聞き取れなかっただけで、朔哉の寝言は愛の告白などではなく、単に自分と交信していただけなのだとくららは気付いた。
 勝手に自分が勘違いしただけではあるが、目の前の幸せそうな寝顔を見ていると、フツフツと怒りが湧き上がってきた。
「朔哉くんの……バカぁっ!!」
 くららは怒りに任せて朔哉の鼻っ柱に頭突きを叩き込み、入ってくる時の倍以上のスピードでダンボールハウスから出た。
「げぶっ!?」
 突然の鋭い痛みに、朔哉は一瞬で眠りから覚めた。だが、驚く間もなく足首をくらら(この時にはそれがくららだと認識はしていなかったが)に掴まれ、
強引にダンボールハウスから引きずり出された。
「てててててっ! な、なんだ!?」
 朔哉は目を白黒させて周りを伺った。そして、目の前に立つくららの姿に目を止めた。
「く、くららじゃねぇか。オレの部屋で何を――」
 朔哉はそこで言葉を切った。正確にはそれ以上の言葉を発せなかった。
目の前のくららが発する怒りのオーラに、完全に呑まれてしまっていた。
「あ、あの……」
 恐る恐る声をかける朔哉を、くららの鋭い眼光が射抜く。ハッキリ言って、ハンパ無く怖い。
「朔哉くん……ミーティングの時間よ。昨日その話してたわよね…………」
「え、あ、は、はい…………」
「ブリーフィングルームで葵とジョニーが待ってるから、支度が済んだら来るのよ」
「あ、ああ。えっと…………それを、伝えに来てくれたのか?」
「それ以外に私があなたの部屋に来る用事が何かあるかしら?」
「いや、あの、その…………ありがとうございます」
 朔哉は完全に気圧されて頭を下げた。今のくららはなまじ言葉遣いが丁寧なだけに、余計に怖かった。
 くららはそんな朔哉を一瞥すると、無言で部屋から出て行った。
 後に残された朔哉は呆然とくららが去っていった扉を見つめていた。
「オレ…………何かした?」
 くららが怒っている理由にまるで見当がつかない朔哉は、ただ頭を悩ませるだけであった。

 その後のミーティングが、何とも緊張感に溢れる物であったのは言うまでもあるまい(笑)
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