夢見月のアリス
夢見月のアリス



 クライン・サンドマンと紅アヤカの結婚式もつつがなく終了し、サンジェルマン城内では、
引き続きお祝いパーティーが催されていた。
 メイドたち(主にチュイルとブリギッタ)に乗せられ、ついつい騒ぎすぎたエイジは、一息つこうと一人テラスに出た。
 エイジは手近なベンチに腰かけると、ボンヤリと空を眺めた。すでに日も暮れて、満天の星空であった。
(今夜は星がキレイに見えるな……)
 そんな事を考えながら、ただ星を見つめ続けた。
 どれぐらいそうしていたのだろうか。ふと人の気配を感じ、エイジはそちらの方に視線をやった。
「エイジ、何してるの?」
 そこにいたのは琉菜であった。両手に飲み物の入ったグラスを持ち、優しげな笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「別に……。ちょっと騒ぎ疲れたんで、休んでただけだよ」
「子供みたいにはしゃいでるからよ」
 琉菜はクスクス笑いながら、片手のグラスをエイジに差し出す。
 エイジは少し微笑んでグラスを受け取るが、特に口をつける事なく、再び空を見上げた。
 琉菜もつられて空を見上げる。
「キレイな星空だね……」
「ああ……」
 しばし無言になる二人。
「隣、いい?」
 琉菜が尋ねる。一瞬、問いの意味が分からなかったが、「隣に座っても良いか?」と聞かれたのだと察したエイジは、
少し横に移動して場所を空けてやった。
「へへ、ありがと……」
 少し照れたような笑みを浮かべ、琉菜はエイジの隣に腰かけ、グラスに一口だけ口をつけると再びエイジと一緒に空を見上げた。
「何か面白い物でも見える?」
「いや、別に……。ただ、ついこの前、あの星の中で戦ったんだなってな……」
「そっか。私たちが宇宙でゴーマを倒してから、まだ1ヵ月も経ってないんだよね」
 琉菜はチラリとエイジの方を見て、再び視線を空に移す。
「ねぇ、エイジ……」
「ん……?」
「メイドの娘たちが言ってたんだけど……このお城から出て行くってホント?」
「…………」
 エイジはしばらく何も言わなかったが、顔を下げ、琉菜の方を見た。
 琉菜もすでに空を見ていず、どこか悲しそうな瞳でエイジを見つめていた。
「…………ああ」
「どうして……出て行くの?」
「アヤカの居場所も分かったし、戦いも終わった。オレがここにいる理由も無いだろ? それに、学校通うのに、ここからじゃ遠すぎるんだよ」
 最後は冗談めかして言うエイジに、琉菜はクスリと笑みを浮かべた。
「それだけじゃないでしょ? アンタの事だから、アヤカさんとサンドマンの新婚生活を見たくないからじゃないの」
「う…………」
 エイジは思わず言葉に詰まる。城を出る一番大きな理由は、確かに琉菜の指摘通りだったからである。
「まったく、いつまで経ってもシスコンなんだから」
「うるせぇ、ドリル女!」
「何ですってぇ、この足男!」
「ざ〜んねんでした、オレはもう足じゃないっつうの」
「う……そうだった。じゃあ、胸男!」
「無理やり言ってんじゃねぇよ、ドリル女!」
「う〜〜〜〜〜っ」
 顔を突き付けあって睨み合う二人。しかし、琉菜はふと表情を和らげ、どこか寂しそうな目をした。
「こうしてアンタとケンカするのも、これで最後なんだね……」
 弱々しくほほ笑む琉菜に、エイジは思わず毒気を抜かれる。
「い、いや、その……出て行くとは言ったけど、二度と来ないとは言ってないしだな、ケンカ相手が欲しけりゃ、いつでも…………」
「私もね、沖縄に帰るんだ……」
「え…………?」
 エイジは琉菜の言葉がなかなか飲み込めなかった。
「だから、これで最後……」
 琉菜は姿勢を正し、空を見上げる。
 エイジはかける言葉が出てこず、結局同じように空を見上げた。
「その……いつ帰るんだ?」
「明後日……」
「えらく……急だな」
「飛行機のチケットがね、ちょうど明後日のが取れちゃったのよ」
 琉菜はグラスの中身を一気に飲み干すと、一息つき、エイジにしなだれかかる。
「な、る、琉菜!?」
 エイジは頬を紅潮させ、思わず周りを見回す。勿論、皆パーティーホールで盛り上がっているので、エイジと琉菜以外にテラスには誰もいない。
「ねぇ、エイジ……」
 エイジに寄り添ったまま、琉菜が静かに口を開く。
「エイジは……私の事好き?」
「な、何言ってんだよ」
「答えて!」
 強く詰め寄られて、エイジは答えに窮する。
「エイジ……私の事嫌いなの?」
 琉菜は悲しそうな瞳でエイジを見上げる。その様子に、エイジは何ともいえない罪悪感を覚えた。
「べ、別に嫌いってワケじゃねぇよ……。今まで一緒に戦ってきた仲間だし、ちょいと口うるさい所に目を瞑れば、充分にカワイイと思うし……。
あ、そ、そのヘンな意味じゃないぞ! 一般論として、オマエのルックスは良い方だって事であってだな…………」
 しどろもどろになりながら、エイジは助けを求めるように周りを見る。当然ながら誰もいない。
「エイジはどう思うの? 一般論じゃなくて、エイジの好みから見て、私の事カワイイと思う?」
 琉菜はほんのりと頬を染め、潤んだ瞳でエイジを見つめ続ける。
「そ、それは……その…………」
 エイジは琉菜から目を逸らし、思い出したように先刻手渡されたグラスに口をつけた。
 一口飲んだ所で喉が焼けるように熱くなり、むせながらそれを吐き出した。
「げほっ、かはっ……。こ、これ、酒じゃねぇか! あ、オマエ、もしかして酔ってるのか?」
 エイジは琉菜の体を引き剥がし、正面から見据える。
「何言ってるのよ。酔ってなんかいないよぉ」
 そう言って琉菜はクスクス笑った。吐息から微かにアルコールの香りがしている。
「酔ってるじゃねぇか!」
「ジュースで酔うワケないじゃない」
 琉菜は笑いながら、エイジに再びしなだれかかる。
 実はパーティー中、間違えて酒を飲んでしまい、ホロ酔い気分の所、テラスに出て行くエイジの姿を見かけて、追いかけて来た琉菜なのであった。
当然、先ほど口にしていたグラスの中身もお酒であり、現在かなり酒が回っている状態であった。
「ねえ、エイジ。エイジは私の事、どう思ってるの?」
 琉菜はエイジの肩にもたれかかったまま、ポツリと呟く。
「私……私ね、エイジの事が好き。昼間はクッキーにいきなりあんな事言われたから、恥ずかしくて色々言っちゃったけど……私はエイジの事が好き。好きなの……」
 琉菜は真剣な眼差しでエイジを見つめる。
「で、でも、オマエは斗牙の事…………」
「うん。私、斗牙の事が好きだった。ううん、今でも好き。でも……私が傍にいて欲しい人はエイジ、あなたなの……。ふふ、いい加減な女だって思ってるでしょうね。
斗牙の事、一方的に諦めて、アンタに言い寄ってるんだもん。最低だよね……」
 目を伏せ、唇を噛む琉菜。エイジは何か声をかけようと思ったが、気の利いた言葉が出て来なかった。
「でも、でもね……私、ずっとエイジの事が好きだった。それに気付いたのは……ついさっきなんだけど、私はずっとあなたに惹かれていたと思うの。
色々とケンカもしたけど、エイジの事が気になってたから……でも、斗牙が好きなハズの自分が、その気持ちにフタをしていたから……だから、だから…………
ああ、私何言ってるんだろう。上手く頭が働かないみたい……」
 琉菜は儚げに笑うと、エイジの手からグラスを奪い、グイと飲み干した。
「お、おい!」
 それでなくとも飲み慣れていないだろうというのに、さらにアルコールを摂取してしまった琉菜を、エイジは心配そうに見つめる。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよぉ。ふふ、エイジって本当に優しいね」
 琉菜は頬を摺り寄せるように、エイジの肩にその身を預ける。
「ガサツでいい加減で、オマケにお調子者だけど、優しくて、強い人だよね、エイジは」
「褒められてるのか貶されてるのか、よく分からねぇよ、ったく……」
 エイジは憮然とした表情でそっぽを向く。そんなエイジの様子に、琉菜は楽しそうに微笑んだ。
「褒めてるのよ。私はそんなエイジが好きなんだもん。だから、だからね……嬉しかったよ」
「嬉しかった?」
「温泉旅行の時に失敗して、落ち込んでた私を慰めてくれた時も、EFAに捕まった私を助けに来てくれた時も、ゴーマとの決戦の前に元気づけてくれた事も……本当に嬉しかった」
 琉菜は懐かしむように目を閉じ、エイジの手を握った。
「え! お、おい……」
 エイジは真っ赤になって狼狽する。しかし、その琉菜の手の温かさが、不思議と心地良かった。
「エイジ……好き、大好き。お別れする前に言いたかったの。エイジ…………」
 琉菜は背筋を伸ばしてエイジを見つめた。そして、そっと目を閉じ、唇を重ねる。
「!!!!」
 突然のキスに、エイジは全身が硬直したようになり、ただ目を見張るだけであった。
 頬は真っ赤に上気し、心臓の鼓動が早鐘のように高まり、全ての思考がフリーズした。
 琉菜は唇を離すと、同じぐらい真っ赤になった顔を隠すように、エイジの胸に顔を埋めた。
「ゴメンね、突然ヘンな事しちゃって……。エイジの気持ちも確かめないで、こんな好意の押し売りみたいな真似して、ホント私って最低……」
 後悔するような声音で、顔を埋めたまま琉菜が呟く。
「る、琉菜、オレは…………」
「ゴメン、ゴメンね。キスなんかしても、エイジを困らせるだけだって分かってたのに……。でも、でもね……お願い。もう少しだけ……このままでいさせて…………」
 琉菜はエイジの胸元を強く掴み、額を押し当てた。
 その体が微かに震えている事にエイジは気付く。
 しばらく無言のまま、そんな琉菜を見つめていたエイジであったが、やがて、小さく微笑むと、その小柄な体をそっと抱きしめた。
「驚きはしたけど、困ってはいねぇよ。こんな風に誰かに想われた事なんて無かったから、ちょいと戸惑ったけど……ありがとな、琉菜」
 エイジは琉菜の髪を優しく撫でる。
「オマエがEFAに捕まった時、オレはオマエが死んだとばかり思ってた。城に戻ってレイヴン……アヤカにオマエが生きてるかもしれないって聞かされた時、オレは心底喜んだよ。
オマエの笑顔やら怒った顔やらが頭の中に浮かんで、いてもたってもいられなくなったんだ」
 エイジはあの時の事を思い出し、静かに目を伏せる。
「オレもオマエの事……ずっと気になってたんだろうな。だから、落ち込んでるオマエを放っとけなかったし、オマエを助け出したかった。
まあ、結局は斗牙やミズキの力が無かったら……オレ一人じゃオマエを助けられなかったけどな」
 そこで照れたように笑うエイジ。琉菜は俯いたまま、何も答えない。
「だから、その……オレもオマエの事が…………」
 言いながらエイジは琉菜の頬を優しく撫でた。それでも琉菜はエイジの胸に顔を埋めたまま、何の反応も示さない。
少し不振に思ったエイジの耳に、安らかな寝息が聞こえてくる。
「琉菜……?」
 エイジは横合いから琉菜の顔を覗き込む。
琉菜は幸せそうな笑みを浮かべ、眠りについていた。
「寝ちまったのかよ。ったく……告白するだけしておいて、返事も聞かずに寝ちまうとは、いいツラの皮してんなぁ……」
 エイジは苦笑を浮かべ、琉菜を抱きしめたまま、空を見上げた。
 その時。
「ぱよぉ〜、決定的瞬間を目撃ですぅ」
「エイジさまもスミにおけないんだからぁ」
「ちょっと、あんまり大きな声を出しちゃダメよ」
 小声ではあるが確かにチュイル、ブリギッタ、ミヅキの声がエイジの耳に入った。
 ギクリとして振り返ると、目を爛々と輝かせてこちらを見ている皆の姿があった。
「げ! お、オマエら、いつからそこにいたんだよ!?」
 再び顔を真っ赤にしたエイジが狼狽しながら問う。
「私は割と最初の方からいたわよ。ちょうど、琉菜がエイジにしなだれかかったあたりかしら?」
 ミヅキは楽しそうに目を細めて答える。
「も、申し訳ありません、エイジ様。覗き見するつもりは無かったのですが……」
 テセラが心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「ぱよ。アタシとブリギッタたちは、ちょうど琉菜様が告白した辺りからいたですぅ」
「エイジさまったら、結構やるじゃない」
「エイジさま、お幸せに!」
「…………」
 チュイル、ブリギッタ、アーニャが口々に囃し立てる。セシルも無言ではあるが、心からの祝福のこもった眼差しでエイジを見つめている。
「ふふふ、エイジ様と琉菜様が結ばれたお祝いも、一緒にやってしまいましょうか?」
「やっぱり私の目に狂いは無かったようですね。本当にお似合いのカップルですよ、お二人とも」
 マリニアとクッキーが慈愛の眼差しで二人を見つめる。
「私もそう思うわ。フフ、新しいお母様とお兄ちゃんが出来たと思ったら、新しいお姉ちゃんも出来たみたいね。二人とも、仲良くしてね」
「エイジ様。琉菜様は気丈な方に見えますが、繊細な部分もお持ちです。しっかり支えてあげてください」
「おめでとう、エイジ。今度は二人が結婚するんだよね?」
 リィル、エィナ、斗牙も祝福の言葉を述べる。もっとも、斗牙は状況がよく分かっていないような感があるのだが。
「エイジ様、新婚旅行の時は、特別にグランフォートレスを出しますね」
「お二人の子供は、私が責任を持って取り上げさせていただきますわ」
 トリアとディカがかなり気の早い発言をする。
「だぁ〜っ! オマエらいい加減にしろ! ホラ、琉菜も起きろ!」
 エイジは琉菜の体を引き剥がそうとするが、琉菜はエイジの首に手を回し、ますます強く抱きついた。
「エイジぃ、大好き…………」
 そんな寝言を呟き、この騒ぎの中でも目覚める気配が無かった。
「私も新しい家族が出来て嬉しいわ。エイジ、琉菜を泣かせちゃダメよ?」
「だから、そうじゃないんだって!」
 アヤカの言葉に、エイジは恥ずかしいやら何やらで泣きそうになった。
「私が人としての幸福を手に入れたように、次はお前たち若者が幸福を手にする番だ。良き伴侶に巡り合えたな、エイジ」
 サンドマンは優しい笑みを浮かべ、メイドたちの方へ向き直った。
「グランナイツの諸君、メイドの諸君、二人を祝福せよ!」
「おめでとう、エイジ様、琉菜様!」
「おめでとう、エイジ、琉菜!」
 祝福の大号令と共に、拍手の海がエイジと琉菜を包む。
 脱力したエイジは、暢気に眠っている琉菜を見て苦笑いを浮かべた。
「オマエが酔っ払ったせいで、とんでもない事になっちまったじゃねぇか。明日から色々と大変だぜ、きっと?」
「大丈夫だよ、エイジ……」
 エイジの言葉に答えるように、琉菜は耳元でそう寝言を呟いた。

 こうして、サンジェルマン城公認カップルとなったエイジと琉菜であったが、この夜の事で、琉菜はエイジの予想通りに大変恥ずかしい思いをする事になる。
しかし、それはまた別のお話……。


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