Tough Boy!
Tough boy!




「私は……『家族』としてではない方が嬉しいんだけど……」
「え? 何か言ったか?」
「あ! い、いえ、何でもありません!」
 耳ざといエイジに、リィルはますます赤くなって俯いた。
「そ、そうだ! さっきから気になってたんだけど、その箱は何なんだ?」
 エイジは話を変えようと、努めて明るい声でリィルの持つ箱について尋ねた。
「あ、これは……」
 リィルは少し考え込むようにしたが、やがておずおずとその箱を差し出した。
「あ、あの……これ、受け取ってもらえますか?」
「? 中見てもいいか?」
「あ、はい……」
 エイジは箱を開けて中を覗きこむ。そこにはチョコレート色をした一口サイズのカップケーキが6個入っていた。
「ケーキ?」
「あ、あの……ヴァレンタインの……チョコです。エイジさんには色々とお世話になってるし、
その…………。は、初めて作ったケーキだから、美味しくないかもしれないけど……」
 リィルは耳まで真っ赤になりながら、上目遣いにエイジを見つめる。
「へえ、リィルの手作りなのか。さっそく食わせてもらうぜ」
 エイジはケーキを一つ取り出し、口に放り込む。モグモグと咀嚼する様子を、リィルは緊張した表情で見守った。
「ウマイ! リィルって料理上手なんだな」
 エイジはさらにもう一つ口に運ぶ。
「うん、ウマイ。初めてでこんな美味いケーキ作れるんだから、リィルは良い奥さんになれるだろうな」
 何げない風に言うエイジだったが、リィルは目を見開き、これ以上ないというぐらいに頬を紅潮させた。
「そ、そんな……。か、からかわないでください!」
「いやいや、マジだって。将来、リィルと結婚するヤツは幸せ者だよ」
「け、け、結婚だなんて……」
 リィルはますます恥ずかしげに顔を伏せると、モジモジと体を動かす。そしてチラリとエイジの方を見つめ、おずおずと口を開いた。
「だったら……エイジさんが、その……私をお嫁にもらってくれますか?」
「えっ!?」
 リィルの思わぬ言葉に、今度はエイジが狼狽した。
「ご、ゴメンなさい! わ、私ったら何を言って……。そ、その、冗談です! そ、それじゃあ私、これで……」
 リィルは慌てて立ち上がると、パタパタとドアへ駆け寄った。急いで扉を開くと、そこにはノックをしようと腕を上げた琉菜が立っていた。
「る、琉菜さん……」
「リィル……」
 二人の間にしばし緊張感が漂う。
「何だ? 琉菜か?」
 エイジは微妙にドアの影になっていて、ハッキリと見えない人影に声をかけた。
 その声に、二人はハッと我に返る。
「じゃ、じゃあ私はこれで……。エイジさん、お大事に」
「あ、ああ。サンキューな、リィル」
 エイジは少し引きつった笑顔で答えた。リィルは少し俯き部屋を出ると、すれ違い際にチラリと琉菜の方を見た。
 一瞬、何か言いたげな表情を浮かべたが、何も言わずに走り去った。
「リィル……」
「琉菜、何してんだよ? 入ってくるなら入ってこいよ。」
 去って行くリィルの後ろ姿を見送る琉菜に、エイジはリィルからもらったケーキの入った箱をテーブルに置きながら声をかける。
 その声に促されるまま、部屋の中へ入ってきた琉菜もまた、ベッド脇に椅子に腰を下ろした。
 その目がテーブルに山と詰まれたチョコレートを呆然と眺めている。
「これって……全部チョコレート?」
 琉菜は思わずそう尋ねずにはいられなかった。
「ああ、まあな。朝からメイドの連中が持ってきてな。こんなに食えねぇっての」
 エイジはベッドに横たわったまま、呆れたような表情で山積みのチョコを見る。
 つられて琉菜もテーブルの方を見た。その視線がケーキの入った箱に注がれる。
「このケーキ……」
「ああ、さっきリィルが持ってきたんだ。どうも手作りみたいでな」
 思わず口元が緩むエイジを琉菜は冷めた目で見つめた。
「何ニヤけてんのよ、いやらしい……」
「何でやらしいんだよ! 別に『リィルってオレの事好きなんじゃねぇか?』とか思ってねぇぞ」
「言葉にした時点で、そう思ってるのバレバレじゃない……」
「う…………」
 琉菜の的確な指摘に、エイジはごまかすように視線を再びテーブルの上に戻す。
「にしても、このチョコの山、どうしたモンか……。そうだ、琉菜。オマエいくらか持っていってくれよ。とてもじゃねぇが食いきれねぇからな」
「何言ってんのよ! ヴァレンタインのチョコレートを人にあげるなんて最低よ!」
「捨てちまうよりイイだろうが! それに、どうせ全部義理チョコだよ。メイドだからって、気ぃ使わなくても良いのにな」
 言いながらエイジは苦笑を浮かべる。そんなエイジの姿を琉菜は切なげに見つめた。
「ねぇ、エイジ。傷……まだ痛む?」
 悲しげな琉菜の目が、エイジの額に巻かれた包帯を注視する。
「昨日も言ったろ? どうって事ねぇよ」
 エイジは頭の下で手を組み、ニヤリと笑ってみせた。
 実際は痛み止めが切れてきたのもあって少々辛いのだが、そんな素振りを見せれば、琉菜は激しく動揺するだろう。
(コイツはすぐに何でも背負い込んじまうからな……)
確かに琉菜を守る為に負った怪我ではあるが、エイジにとっては、あくまで自己責任の結果である。だが、そんな事を説いてみた所で、
琉菜は『結局は自分のせいだ』と思うのが分かっていた。
 だからこそ、エイジは平気な風を装っていた。もっとも、エイジが思っている以上に鋭敏な感性を持っている故に、琉菜はそんなエイジの様子に心を痛めていたのだが。
「ま、まあ、元気そうで何よりだわ。それじゃあ、アタシ行くね」
 琉菜は内心の動揺を悟られないように、わざと明るい声で立ち上がる。
「もう行くのかよ?」
「アタシは忙しいの!」
 琉菜は意識的に素気無い言葉に、エイジは何となく寂しいような、不思議な感覚を覚えた。
(もう少しゆっくりしていけよ……)
そんな言葉が脳裏に浮かぶが、喉の奥で引っかかる。何となく琉菜に未練を持っているようで気恥ずかしかった。
(そ、そうだよな。コイツを引き止める理由なんて無いしな……。痛み止め飲む所なんか見せたら、また余計な心配するだろうし、むしろコイツが帰った方が好都合だ。
そろそろアバラも痛み出したしな……)
 エイジは懸命に自問自答する。段々と怪我を理由にした言い訳じみてきている事には気付かない。
 そんなエイジを尻目に、琉菜はテーブルに近付くと、チョコをいくつか手に取った。
「捨てちゃうと勿体無いから、いくつか貰っていくけど、最低でもこれだけは食べなさいよ!」
 琉菜は選んだチョコをリィルのケーキの近くに置いた。それぞれメッセージカードに名前がついているので、誰から送られた物かはすぐに判る。
 琉菜が選んだのは、チュイル、ブリギッタ、セシル、アーニャ、エィナ、そして外から届いたらしいユミからのチョコの5つである。
「コレなんかユミさんからでしょ? わざわざここまで送ってくれたんだから、ありがたく食べるのよ」
「へいへい……」
 エイジは生返事しながら、ふと琉菜の手元の違和感に気付く。自問しながらボンヤリと眺めていたので正確な事は言えないが、
琉菜が取ったチョコの数と、手に持ったチョコの数が合わない気がする。
「琉菜……オマエ、今何個持っていった?」
「え? 3つだけど……」
「何で4つ持ってるんだ?」
「あ、こ、これは……」
 琉菜は何とも困ったような顔でエイジと手に持った包みを見比べた。しばらくそうしていたが、やがて小さな溜め息をつきながら、包みの一つをテーブルに置いた。
「これ……一応、アタシから。へ、ヘンな誤解しないでよ! ただの義理チョコだし、食べたくなかったら食べなくて良いんだから……じゃあね!」
 そう言いながらクルリと背を向ける琉菜に、エイジは思わず声をかけた。
「あ、待てよ、琉菜……って痛テテテテ……」
 慌てて上半身を起こした為、痛めた肋骨に負担をかけてしまう。
「あ! もう、何やってるのよ……」
 琉菜はエイジの元に駆け寄り、心配そうな顔でそっと体を横たえてくれた。ツインテールに結わえた髪の一房がエイジの顔前で揺れ、
ほのかなシャンプーの香りがエイジの鼻腔をくすぐった。
「すまねぇ。琉菜、さっきのオマエのチョコ、コッチにくれよ」
 少しどぎまぎしながらも、それを悟られないように、エイジは横たわった姿勢のまま、右手を琉菜の方へ差し出した。
「今食っちまうよ。ホラ、早くよこせって」
「あ……う、うん…………」
 エイジにチョコを手渡す琉菜の顔が不思議そうな表情を浮かべている。
 エイジはチョコを口に入れ、そんな琉菜のを見つめて優しい笑顔を浮かべた。
「うん、結構イケるな。琉菜……ありがとうな」
「う、うん……。あ、その……お、お礼は3倍返しだからね!」
 照れ笑いを浮かべて言う琉菜に、エイジは楽しい気分になり、快活な笑みを浮かべた。
「おう、期待しとけ」
「アテにしないで期待してるわ。じゃあね」
 少し俯いてから、琉菜は背を向けた。瞬間、エイジは何とも形容し難い感情に襲われた。
 寂しさ、愛しさ、そういった感情がない交ぜになり、心の中をグルグルと駆け巡る。
 何故そんな感情が湧いたのか、エイジにはまったく理解出来なかった。ただ、一つの思いだけが心を縛った。
「琉菜……」
 『傍にいてほしい』そんな感情の赴くまま、エイジは無意識に琉菜の腕を掴んでいた。
「エ、エイジ…………?」
 突然のエイジの行動に、琉菜はビクリと体を震わせ、おずおずと顔だけ振り向いた。
「え? あ……わ、悪い。何でもねぇ」
 エイジは慌てて琉菜の腕を放す。なぜ、そんな事をしたのか、自分でも分からなかった。
 少し頬を赤らめた琉菜が、小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「ね、ねぇエイジ。後でまた来ていい?」
その琉菜の申し出が、エイジには素直に嬉しかった。
「あ、ああ。退屈してるから、話し相手が来るのは大歓迎だぜ」
「うん。じゃあ、後で来るね」
 ニッコリと笑って部屋を出て行く琉菜を、エイジはジッと見送った。そして、再び横になると、自分の右手を眼前にかざす。
 まだ琉菜の腕の柔かな感触や温かみが残っていた。
「なんで……あんな事しちまったんだ……?」
 エイジは自問する。あの時、なぜ、あんなにも琉菜を傍に留めておきたかったのか、まったく分からなかった。
 正確には『ある答え』に行き着いてはいたのだが、すぐにそれは否定した。
「オレが琉菜に惚れてるなんて、ありえねぇよなぁ……。あんなドリル女に惚れる男なんていないっつうの」
 半ば言い訳じみた口調でエイジは一人ごちる。
 ふと今しがたまで琉菜が座っていた椅子に視線を送る。そして、そこに座っていた3人の少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 チュイル。
 リィル。
 そして、琉菜。

「そういや、チュイルとリィルは、いつもと違って様子がおかしかったな……」
 エイジは先刻のチュイルとリィルの様子を思い浮かべる。いつも控えめなリィルは、そんなには変わらないとも言えるが、チュイルの様子は明らかにおかしかった。いつもの快活さが感じられなかった。
 エイジはチュイルのあの態度に、かつて出会った事がある気がした。
「いつ頃だったかなぁ……」
 エイジは記憶を辿るが、どうにも思い出す事が出来ない。
 考えながら何となく視線を彷徨わせていると、リィルの持ってきた箱の上で目が止まる。そこで何かがエイジの中で弾けた。
(そうだ、中学の時…………)
 エイジは数年前、中学生の頃に仲の良かったクラスメイトの女子から告白された時の事を思い出した。
 学校の裏庭に呼び出され、ヴァレンタインのチョコと一緒に告白してきた女子が、先刻のチュイルと同様の態度を取っていた。
(もしかして、チュイルはオレの事が……? いや、まさかな)
 鈍感なエイジは、それでもチュイルの好意に気付かなかった。いや、信じられなかった。
(いくら何でも、自惚れが過ぎるってか? 大体、それなら本当にリィルがオレに気がある事にもなるじゃねぇか。まあ、そうなら嬉しいけどよ……。何てな、また琉菜にバカにされちまうな)
 エイジはボンヤリと天井を眺める。自然と琉菜の姿が浮かぶ。
(何であの時……オレは琉菜を引き止めたんだ? まさか、マジに自分でも気付いてないうちに、アイツに惚れちまったとか……。いーーーーーや、それは絶対無ぇ!)
 エイジは心の中で強く否定する。しかし、どうしても琉菜の姿が脳裏から消えない。それどころか、次々と思い浮かんできた。
 笑顔を浮かべる琉菜、怒っている琉菜、泣きそうな顔をする琉菜、コロコロと表情を変える琉菜に、エイジは小さく微笑んだ。
(まあ、アイツならあんまり気を使わなくて済むから、付き合いやすそうだけどな)
 笑顔で自分の隣に座る琉菜の姿を思い描き、そこでハッとなる。
「な、何考えてんだよ、オレは! ああ、バカバカしい。こういう時は、ひと寝入りしてアタマをスッキリさせるに限る!」
 エイジは上体を上げて痛み止めを手に取り、乱暴に口の中へ放り込むと、水を使わずそのまま飲み込んだ。そして、再び横になり、そのまま目を閉じた。


to be continued.
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