Flapper Girl!
Flapper Girl!


 そして2月14日。昨日ゼラバイアとの戦闘で負傷したエイジを見舞うため、琉菜はエイジの部屋へ向かった。手には小さな包みを持っている。
 軽く鼻歌を歌いながら廊下の角を曲がった瞬間、エイジの部屋の前にリィルが立っているのを見かけた。
 琉菜は反射的に後ずさり、そっと顔だけ角から出してリィルの様子を窺う。
 リィルは手に小ぶりな箱を抱えており、その箱と扉を何度も見比べながら、やがて意を決したように扉をノックした。
 少しの沈黙の後、扉が開かれる。中から慌てた様子のチュイルが現れ、リィルに適当な挨拶を交わすと、足早に立ち去って行った。
 そんなチュイルを怪訝そうに見つめていたリィルだが、すぐに視線を部屋の中に戻し、そのまま中へ入って行った。
 琉菜はエイジの部屋の前に移動し、しばしの間、どう行動するか悩んだ。そうしているうちに、廊下の角から声が聞こえてきた。
「どうだったの、チュイル?」
「エイジ様に気持ちをお伝え出来たの?」
 テセラとマリニアの声である。
「う〜無理だったよぉ〜」
 その二人に答えたのは、チュイルの声だった。
「ちょっとイイ感じになったけど、そこにリィルさまがやって来て……」
「あらら、残念」
「ゴメンね、テセラ。反対を押し切ってまでエイジさまに告白しようって決めたのに……」
「まあ、仕方ないわ。次のチャンスに頑張りなさい」
「ぱよ? テセラ、応援してくれるの?」
「メイドとしては反対です。でも……友人として、あなたを応援しているわ、チュイル」
「テセラ〜ありがとう〜」
「さあ、今日の所は仕事に戻るわよ、チュイル」
「うん!」
 そんな彼女たちの話し声が少しずつ遠のいて行く。今の会話から、とりあえずチュイルは告白しなかったらしく、琉菜は少しホッとした。
 しかし、まだ油断は出来ない。今、室内ではリィルとエイジが二人っきりなのだ。
「よし!」
 琉菜は心を決め、扉をノックしようとした。その瞬間、突然扉が開き、今まさに出てこようとしていたリィルと鉢合わせになる。
「る、琉菜さん……?」
「リィル……」
 しばし、緊張感が漂う。
「何だ? 琉菜か?」
 部屋の中から響くエイジの声に、二人はハッと我に返った。
「じゃ、じゃあ私はこれで……。エイジさん、お大事に」
「ああ、サンキューな、リィル」
 笑顔で答えるエイジに、リィルは少し俯き、赤面しながら部屋を出た。すれ違い際に、チラリと琉菜の方を見たが、何も言わずに走り去る。
「リィル……」
 琉菜は去って行くリィルの後ろ姿をジッと見送った。
「琉菜、何してんだよ? 入ってくるなら入ってこいよ。」
「え? あ、ああ、ゴメン……」
 エイジに促され、琉菜は部屋の中へ入り、後ろ手で扉を閉めた。
 部屋に入るなり、琉菜はベッド脇に置かれたテーブルの上に、山と積まれたチョコレートらしき包みに目が点になった。
「これって……全部チョコレート?」
 琉菜は先刻までチュイルが、そしてリィルが腰掛けていたであろう、テーブルのすぐ横に置かれた椅子に腰掛けながら問う。
「ああ、まあな。朝からメイドの連中が持ってきてな。こんなに食えねぇっての」
 エイジはベッドに横たわったまま山積みのチョコを呆れたように見る。
 その視線を追って、琉菜もテーブルの方を見た。チョコの山の横に、すでに封が解かれた大きめの箱があるのに気付く。
 その箱の中にはチョコレートケーキが入っていた。
「このケーキ……」
「ああ、さっきリィルが持ってきたんだ。どうも手作りみたいでな」
 思わずニヤけるエイジに、琉菜は冷たい視線を送る。
「何ニヤけてんのよ、いやらしい……」
「何でやらしいんだよ! 別に『リィルってオレの事好きなんじゃねぇか?』とか思ってねぇぞ」
「言葉にした時点で、そう思ってるのバレバレじゃない……」
「う…………」
 言葉に詰まったエイジは、わざとらしく視線を再びテーブルの上に戻す。
「にしても、このチョコの山、どうしたモンか……。そうだ、琉菜。オマエいくらか持っていってくれよ。とてもじゃねぇが食いきれねぇからな」
「何言ってんのよ! ヴァレンタインのチョコレートを人にあげるなんて最低よ!」
「捨てちまうよりイイだろうが! それに、どうせ全部義理チョコだよ。メイドだからって、気ぃ使わなくても良いのにな」
 エイジは少し苦笑する。琉菜はそんなエイジの姿を見つめた。
「ねぇ、エイジ。傷……まだ痛む?」
 琉菜はエイジの額に巻かれた包帯を、辛そうに見つめながら言う。
「昨日も言ったろ? どうって事ねぇよ」
 エイジは頭の下で手を組み、ニヤリとほほ笑んだ。
 一見元気そうだが、やせ我慢をしているのが判るだけに、琉菜はいたたまれない気持ちになる。
 平然としているが、包帯の下、右の瞼の上がザックリと切れ、肋骨2本にヒビ、1本が折れているのだ。
 琉菜が心配しないように、平気なフリをしている事が、さらに心を痛めた。
 いざ顔を見に来たは良いが、琉菜は場の空気に耐えられなくなってきた。
「ま、まあ、元気そうで何よりだわ。それじゃあ、アタシ行くね」
 琉菜は何げない風を装い立ち上がる。
「もう行くのかよ?」
「アタシは忙しいの!」
 琉菜は意識的に素気無い物言いをした。エイジの口調がどことなく寂しげに感じたのは、きっと気のせいだと自分に言い聞かせる。
 琉菜はテーブルに近付き、いくつかのチョコを手に取った。
「捨てちゃうと勿体無いから、いくつか貰っていくけど、最低でもこれだけは食べなさいよ!」
 琉菜はいくつか選んだチョコを、リィルのケーキの近くに置いた。それぞれメッセージカードに名前がついていた為、誰から送られた物かがすぐに判った。
 琉菜が選んだのは、チュイル、ブリギッタ、セシル、アーニャ、エィナ、そして外から届いたらしいユミからのチョコの5つであった。
「コレなんかユミさんからでしょ? わざわざここまで送ってくれたんだから、ありがたく食べるのよ」
「へいへい……」
 エイジは生返事しながら、ふと琉菜の手元を見た。
「琉菜……オマエ、今何個持っていった?」
「え? 3つだけど……」
「何で4つ持ってるんだ?」
「あ、こ、これは……」
 琉菜は困ったような表情でエイジと手に持った包みを見比べたが、やがて小さな溜め息と共に、自分が持ち込んだ包みをテーブルに置いた。
「これ……一応、アタシから。へ、ヘンな誤解しないでよ! ただの義理チョコだし、食べたくなかったら食べなくて良いんだから……」
 つい強がりを言ってしまい、琉菜は心の中で後悔する。だが、それを振り払うようにエイジに背を向けた。
「じゃあね!」
「あ、待てよ、琉菜……って痛テテテテ……」
 エイジは慌てて上半身を起こし、痛めた肋骨に手を当てた。
「あ! もう、何やってるのよ……」
 琉菜はエイジの元に駆け寄り、そっと体を横たえてやる。
「すまねぇ。琉菜、さっきのオマエのチョコ、コッチにくれよ」
 エイジは横たわった姿勢のまま、右手を琉菜の方へ差し出した。
「今食っちまうよ。ホラ、早くよこせって」
「あ……う、うん…………」
 琉菜は狐に抓まれたような顔でエイジにチョコを手渡す。
 エイジは少しそのチョコを眺めた後、包装紙を剥がしてチョコを口に入れると、琉菜の方を見つめ優しい笑顔を浮かべた。
「うん、結構イケるな。琉菜……ありがとうな」
「う、うん……。あ、その……お、お礼は3倍返しだからね!」
 努めて明るく、冗談めかした口調で琉菜は言う。その言葉に、エイジは快活な笑みを浮かべて答えた。
「おう、期待しとけ」
「アテにしないで期待してるわ。じゃあね」
 顔を真っ赤にしながらも、それを見られないように俯きながら、再びエイジに背を向ける。
「琉菜……」
 いつもと違う、心持ちすがるような声を出しながら、エイジは無意識に琉菜の腕を掴んでいた。
 琉菜はビクリと体を震わせ、おずおずと顔だけ振り向き、エイジを見つめる。
「エ、エイジ…………?」
「え? あ……わ、悪い。何でもねぇ」
 琉菜は慌てて腕を放すエイジをチラリと見た。なぜ、そんな事をしたのか、自分でも判っていない顔をしている。
そんな耳まで真っ赤になったエイジの姿に、琉菜は弾んだ気持ちになった。
「ね、ねぇエイジ。後でまた来ていい?」
「あ、ああ。退屈してるから、話し相手が来るのは大歓迎だぜ」
「うん。じゃあ、後で来るね」
 琉菜は心からの笑みをエイジに向け、今度こそ部屋の外まで出て行った。
 そして閉めた扉にもたれかかる。自然と顔がニヤついてくるのを、琉菜は止められなかった。
 あの時、エイジが何を考えていたのかは判らない。それでも、琉菜は引き止められた事が嬉しかった。
(エイジ……また、後でね!)
 琉菜は早足で廊下を駆ける。今すぐ自室に戻らないといけない。そうでないと、心の奥から湧き上がって来る嬉しさに、
ニヤニヤ笑いが止められない自分を誰かに見られてしまう。
 軽やかな足取りで自室に向かい、部屋に入ると同時にベッドに飛び込み、枕に顔を埋めた。
「エイジに……腕掴まれちゃった……。ねぇ、エイジどうして? アタシの事好きだから、思わず引き止めちゃった、とか……? な〜んてね、自惚れすぎかな?」
 そうは言いながらも、琉菜は笑顔を半分枕に埋め、ベッドの上をゴロゴロと転げ回る。
「後で聞くから、ちゃんと答えなさいよ、エイジ!」
 琉菜は部屋の天井にちょっと怒ったような、それでいて困ったような表情を浮かべるエイジを思い描き、 そんなエイジに極上のほほ笑みをプレゼントした。


fin.



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