一晩を泣いて、悩んで、琉菜はその朝一つの決心をした。自分の心に正直になる事。その為に通すべき道理を通す事を。
その日の訓練が終わり、琉菜は大事な話があると、リィルを自室に誘った。
「あの……お話って何ですか?」
椅子に腰掛けながら、不安そうにリィルが問う。
「あ、ゴメン、もうちょっと待ってくれるかな。もうすぐチュイルが来ると思うから」
「チュイルが……?」
そんなリィルの言葉に呼応するように、ドアがノックされた。
「琉菜さま〜チュイルですぅ」
ドアの向こうからやや間延びした声が聞こえてくる。
「待ってたわ。中に入って」
「では、失礼しますぅ」
琉菜はドアを開け、チュイルを中に誘う。一礼して入ってきたチュイルは、こちらを不思議そうに見ているリィルに気付いた。
「ぱよ? リィルさま……」
リィルを見つめ、次いで琉菜を見つめるチュイル。琉菜は黙って椅子を勧めた。
丸いテーブルを囲んで、三角形を描くように3人は座った。
しばし無言になる。やがて発する言葉を思いついたかのように、琉菜が口を開いた。
「あのさ……今日集まってもらったのは、アタシの話を聞いてもらいたいからなんだ。物凄く今さらな話で、2人とも怒るかもしれないけど、
黙ってる方がもっと気を悪くすると思ったから……」
「ぱよ、何の事ですか?」
小首を傾げるチュイル。何かを予期しているかの如く、真顔で見つめるリィル。
二人の視線を受け、琉菜は一度深呼吸した。
「アタシ……ゆうべ気付いたの。アタシ……アタシも、エイジの事が……好き」
琉菜の言葉の意味が一瞬掴めなかったのか、チュイルはキョトンとした顔をしていたが、
やがてサッと顔色が変わる。
「る、琉菜さまも……エイジさまが……?」
「……うん。ゴメン、チュイル」
「が〜ん! また強力なライバル出現ですぅ。予想は……予想はしていましたけど、やっぱりショックですぅ〜」
チュイルはうっすら涙を滲ませながら、琉菜を見つめた。
さすがに罪悪感があるのか、琉菜は少し視線を逸らし、それからリィルの方を見た。
リィルはまったくの無表情であった。じっと琉菜を見つめるリィルの口元に、やがて小さな笑みが浮かんだ。
「やっと……自分の気持ちに素直になったのね」
穏やかな口調でリィルが言う。
「私……気付いていたわ。琉菜さんもエイジさんが好きだという事……」
「え!?」
「ぱよ!?」
琉菜とチュイルは驚きながらリィルを見る。
「だって……エイジさんがグランカイザーに乗って戦った時、一番心配していたのは琉菜さんだし、西の塔でエイジさんとミヅキさんが倒れていた時、
真っ先にエイジさんに駆け寄ったのも琉菜さん……。いつだって、エイジさんの事を見ていたのは琉菜さんだから……」
リィルはそう言って微笑み、少し俯き、心の中でそっと呟いた。
(そして、エイジさんも、いつだって琉菜さんを……)
一瞬、唇を噛み、再び表情を和らげると、リィルは顔を上げて琉菜とチュイルを見た。
「私はエイジさんが好き。でも、琉菜さんの事も好き。もちろん、チュイルも好きだし、このお城にいる人みんなが好き。
だから、エイジさんが琉菜さんやチュイルを選んでも、
私は喜んで祝福したいと思う。でも……私は負けない」
穏やかながらも強い口調に、琉菜はハッとする。
「エイジさんが誰かを選ぶその時まで、私はエイジさんを想い続ける。私を選んでほしいと願いながら、ずっと……」
「リィル……」
リィルの決意に胸を打たれた琉菜は、しばしかける言葉が見つからなかった。
「わたしも……負けないですぅ」
沈黙を破るようにチュイルが口を開く。
「琉菜さまが以前おっしゃったように、最終的に選ぶのはエイジさま本人ですぅ。だから、わたしもどんどんエイジさまにアタックするですぅ!」
チュイルは突然立ち上がり、姿勢を正して琉菜とリィルを見つめる。
「わたしはお二人に仕えるメイドです。でも、これだけは、この事だけは譲れません。わたしがエイジさまをお慕いする気持ちは、決してお二人に負けていませんから」
チュイルも固い決意を秘めた真摯な眼差しで琉菜とリィルを見た。
「そっか……。でも、アタシだって負けないんだから!」
琉菜は満面の笑みで微笑み、それに釣られたようにリィルとチュイルも微笑む。
「それにしても、エイジも幸せ者よね〜。こんなにカワイイ女の子3人から想われてるんだから」
「はいですぅ」
琉菜の軽口にチュイルが相槌を打ち、リィルが優しい笑みを浮かべた。
憑き物が落ちたように、琉菜はスッキリとした気分になった。
リィルとチュイルが暇を告げ、一人自室に残った琉菜は、何気なく窓に近付き、外の景色を眺めた。ふと階下に目を向けると、
庭で斗牙と何やら楽しげに話しているエイジの姿を見つけた。
(エイジ……斗牙……)
琉菜は穏やかな笑みを浮かべる斗牙を見つめた。以前から抱いていた斗牙への淡い恋心。それが随分と小さくなっている事に彼女は気付く。
(斗牙……アタシはあなたの事が好き。でも、それは王子様に憧れる女の子の気持ちだった。アタシはそれに気付いちゃった。
アタシが本当に隣に居て欲しい人、それは……)
琉菜は斗牙から視線を外し、その横のエイジを見つめた。瞬間、胸が高鳴る。
(見てなさいよ、エイジ。きっとアンタを振り向かせてみせるんだから!)
琉菜は指でピストルの形を作り、小さく「Bang!」と呟きながら、エイジのハートを打ち抜く素振りをした。
その夜の琉菜は、前日の寝不足も手伝ってか、実に安らかな眠りについた。
夢の中に、優しい笑顔を浮かべたエイジが現れる。
琉菜はエイジの胸に飛び込み、その体を力いっぱい抱きしめた。エイジの手が琉菜の顎を持ち上げ、そっと唇を合わせる。
気がつけば琉菜はベッドに横たわっていた。覆いかぶさってくるようにエイジもベッドに横たわり、また口付けを交わす。
その手が琉菜の肩からゆっくりと移動し、胸元に伸びる。
ボタンが一つ、また一つと外されて、エイジの手がシャツの中にスルリと入り込んできた。
「あ…………」
胸に触れる暖かな手の感触に、琉菜は切なげな吐息を漏らす。
エイジの唇が首筋に吸い付き、ジワジワと舌を這わせた。その唇が首筋から徐々に下方に下がって行き、
鎖骨から胸骨に沿うように、はだけられた胸元に移動する。
「あ、あ、エイジ……エイジぃっ!!」
“PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi”
突然の電子音に、琉菜は急速に意識を覚醒させた。枕元に置いてある目覚まし時計がアラームを鳴らし続けていた。
琉菜は反射的にそれを停止させ、辺りを見回した。いつもと同じ自分の部屋である。
「夢…………?」
琉菜はボンヤリと夢の内容を反芻し、途端に赤面する。
「あ、アタシったら、何て夢見てるのよ! ああ、もうエイジのバカぁっ!!」
琉菜は壁に向かって枕を投げ、心の中のエイジに八つ当たりをした。それが照れ隠しゆえの理不尽な怒りである事は自覚していたのだが。