(チュイルも……エイジの事が好きなんだ……)
廊下を一人歩きながら、琉菜は考えを巡らせる。
(ホントに……エイジのどこが良いんだろう?)
琉菜はエイジの事を思い浮かべた。
(ガサツで……単純で……無神経で……オマケに人のお風呂覗くようなスケベだし!斗牙とは大違い……。
斗牙の方が、ずっとカッコ良いのに……)
琉菜は知らず知らずのうちに斗牙の姿を思い浮かべ、思わずニヤけてしまう。
『エイジさんは……私に無い物を沢山持っています。強くて、優しくて……いつだって真っ直ぐで……』
不意にリィルの言葉が脳裏に浮かぶ。次いでエイジの姿が再び浮かび上がる。
かつて、セシルの危機に冷酷な判断を下したトウガに対して、激しい怒りを見せたエイジ。あの時、琉菜はトウガの判断に迷いながらも、従うしかなかった。
しかし、エイジは決して自分を曲げなかった。危険を顧みずにセシルを助け出し、その後、憤りの全てをトウガにぶつけていた。
エイジは誰を相手にしていても、いつだって対等の付き合い方をしていた。グランナイツの仲間であれ、メイドたちであれ、レイヴンであれ、サンドマンであれ。
その、ある意味単純とも取れる真っ直ぐさは、琉菜も少し羨ましいと思った。
(リィルもチュイルも、そういう所に惹かれたのかなぁ……)
エイジに想いを寄せる二人の少女。琉菜は胸がズキリと痛むような感覚を覚えた。
(何だろう。さっきもこんな感じが……。何でこんな嫌な気分になるの……?)
琉菜は沈痛な表情を浮かべて立ち竦む。
「エイジ…………」
思わずエイジの名前が口をついた。
「何だよ?」
そんな琉菜の正面から、聞き覚えのある声がする。琉菜は驚いて声の方を見た。
「エ、エ、エ、エイジ!?」
そこには、まごう事なく、エイジが立っていた。
「なななな、何でこんな所に?」
あたふたしながら琉菜は問う。
「何でもクソも、そこはオレの部屋じゃねぇか」
エイジは琉菜のすぐ横を指差した。その指を追って視線を巡らすと、そこには確かにドアがあり、エイジの名前が書かれたプレートが付いていた。
無意識のうちにエイジの部屋に来ていたのである。
「で、オレに何か用か?」
エイジは怪訝そうに琉菜を見た。
「え? べ、別に……単に通りがかっただけよ。じゃあね」
琉菜は足早にエイジの横を通り抜け、その場を立ち去ろうとした。
「おい、琉菜!」
呼びかけるエイジの声に、琉菜は足を止める。
「何よ……」
琉菜はエイジの方を向き、弱々しく呟いた。
「琉菜、オマエ……何かあったのか?」
「え…………」
琉菜はエイジを見る。
「今、何か泣きそうな顔してたぜ? どうしたんだよ」
エイジは心配そうな表情で琉菜を見つめる。その真摯な眼差しに、琉菜は何故か頬が赤くなるのを感じた。
「べ、別に何もないわよ。アンタの見間違いじゃないの? まったく起きてる時まで寝ぼけないでよね!」
「んだとぉっ!!」
「何よぉっ!!」
思わず憎まれ口を叩いてしまう琉菜に、エイジが突っかかる。
少しの間、いつものように睨み合っていた二人だが、不意に琉菜が笑顔を浮かべて矛を収めた。
「ゴメン、ゴメン。ちょっと言い過ぎたわ。エイジ、アタシの事心配してくれたんだ?」
いたずらっぽい眼差しで、琉菜はエイジを見つめた。今度は心なしかエイジが赤くなる。
「あ、あんなツラで部屋の前に立たれたら、誰だって気になるっつうの……」
気まずそうに顔を逸らすエイジに、琉菜は何となく楽しい気分になる。
「本当に何でもないよ。でも……心配してくれてありがとう」
琉菜は心からの笑みを浮かべた。その笑顔に釣られて、エイジも笑みを浮かべる。
「なら良いんだけどな。オマエが元気無いと、コッチの調子も狂っちまう。じゃあな!」
エイジはそう言って自室に入って行った。
しばらく、余韻に浸るようにその場に立ち竦んでいた琉菜だが、やがて、笑顔を浮かべたまま、自分の部屋に向かった。
(エイジ……心配してくれたんだ。何か嬉しい……)
上機嫌で部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ琉菜は、そこでふと我に返った。
「アタシ、何でこんなに嬉しいんだろ……?」
ガバリと上体を起こし、琉菜は自問する。
「斗牙ならともかく、何でエイジに心配してもらって喜んでるのよ!? アタシは……」
琉菜はそのまま自問し続け、眠れぬ夜を過ごしたのであった。